LOGIN悪魔の討伐が完了し、ガレウスの荒い運転で再びエデンに帰還した。カリナの力を認めたクラウスとは終始和やかな雰囲気で会話が弾んだのだった。
そして今は謁見の間。カシューがクラウスに話しかけている。
「カリナの実力はどうだった? クラウスよ」「はっ、見事な召喚術に魔法剣士としての腕前でした。私の考えが至りませんでした」
カシューはくすりと笑い、カリナの方を見た。
「わかればよい。私の目が節穴ではないということがわかっただろう?」
「そ、それは勿論でございます。陛下の決断に素直に従わなかった私の責任でございます」
跪いて深々と頭を下げるクラウス。何はともあれ、これでカリナに無駄に反発する者はいなくなったのである。
「ふむ、まあお前も近衛騎士として見ず知らずの者を私に近づけるのを危惧していたのであろう。だが、もう心配は無用だ。私はこの後カリナと執務室で今後のことについて話がある。カリナよ良いな? それとレミリアとガレウスもご苦労だった。下がっても良いぞ」
「承知した、カシュー王よ」
「「はっ、ありがとうございます!」」
いつもの王と配下のロールプレイを済ませ、レミリア達は頭を下げた。そのままカシューに連れられて執務室に移動する。
◆◆◆ ソファーに二人で向かい合って腰掛けると、カシューが口を開いた。「そろそろお昼だね。何か持って来させよう。それと……」
手元にあったベルを鳴らすと、王直属のメイド隊が扉を開けて「失礼します」と入室して来た。カシューは昼食の準備と何やら隊長のリアに耳打ちした。
「畏まりました。ではカリナ様はお連れ致しますね」
「お、おい、何を言った?」
カリナが青ざめた顔をすると、カシューはにこやかに笑い、「いってらっしゃい」と手を振った。そのままカリナはメイド隊達に引きずられて、侍女達の部屋に連れていかれた。
「何だなんだ?」
そこでリアが取り出して来たのは新作の衣装だった。昨日の今日で余りにも早い仕事である。そのまま拒否権はないと自覚したカリナは着せ替え人形と化すのであった。
「これは……、また派手な衣装だな……」
頭にはメイドの被るようなヒラヒラのヘッドドレス、身体の前方が大きく空いた、袖にリボンがたくさんついたピンクのコートに、インナーはバストの上から膝上までの長さの黒と赤のボディコンの様なワンピース。下はガーターベルトに黒い膝上までの同色のストッキング。またしても侍女たちの趣味丸出しの衣装を着せられてしまった。
「うんうん、今回のも力作ですよ。やはり元が良いと何でも似合いますね。はぁー、満足です」
侍女達数人がかりで着せ替えられたので、カリナはぐったりした。反対にメイド隊は大満足でほくほくしている。
着替えが終わるとカシューの待つ執務室へと再び案内された。そこにはすでに用意された豪華なランチが並んでいた。
「やあ、お帰り。先に頂いてるよ。いやー、しかし今回も派手でファンシーな衣装だね。リア達張り切ってたから」
はぁ、と溜め息を吐いて。ソファーに腰掛けるカリナ。目の前には美味しそうな料理が並んでいる。
「これがここに戻る度に毎回続くのか? 私にこういう趣味はないんだぞ」
「おや、もう「俺」とは言わないんだね。でもその方が女の子らしくていいんじゃないかな? さすがに俺っ娘は癖が強過ぎるもんね」
「いや、ルナフレアとの約束でな。女言葉は使わなくてもいいから、一人称だけは「私」にしなさいってさ」
ニヤニヤと笑いながら、カシューは「私」と言うカリナを見た。
「君でも側仕えには甘いんだね。まあもうNPCじゃないから普通に可愛らしい女の子だもんね」
「別にそういうのじゃないんだけどさ、長いこと一人にさせてしまった罪悪感もあったから、それくらいは聞いてやりたいと思ったんだよ。あ、そうそう、妖精の加護の更新がカーズじゃなくてもできたんだよ。同じアカウントだからなのか、中身が同一人物だからなのかは謎なんだけどな」
「へー、それは興味深いね。VAOが現実になって色々なものが変化したのかもしれないなあ。まあもうカーズには戻れないんだし、良かったんじゃない? その加護は状態異常完全無効でしょ? 僕も冒険するときは欲しいなあ」
そう言って二人はカリナの右手の甲に刻まれている妖精の加護の紋章を見た。普通のプレイをしていても滅多にお目に掛かれない妖精族の、生涯ただ一人にしか与えられない加護である。どんなレアアイテムよりも貴重で価値がある。定期的に更新しなければ、効力が弱まるのが難点ではあるが。
「で、話は変わるけど、悪魔から何か情報を得られたかい?」
うっ、とカリナは言葉に詰まった。力を示すのに意識が行き過ぎていて、
「あ、いや、それはだな……」
「ほう、その反応は何かを誤魔化しているときだね。どんだけ付き合い長いと思ってるのさ? どうせテンション上がって一撃でぶっ飛ばしたんでしょ?」
カシューにあっさりと見抜かれ、肩を落とすカリナ。
「面目ない。まさか一撃で終わるとは思わなくてさ。瀕死状態にしたら色々聞き出そうかと思ったんだけど……」
「はい、嘘ー! ユニコーンの
「そこまで知っているとは、報告が早過ぎないか?」
「ガレウスから車の通信でさわりは聞いてたし、その後は君がお着替え中にクラウスとレミリアからの報告でね」
「ああー、我ながら力加減を間違えた。だが仕方ない。また悪魔はどこかしらに現れるだろ? この二日でもう二体と遭遇したんだ。確かに何かしらの異常が発生しているのは間違いないだろうからな。私も次は気を付けよう。でも階級が公爵とかになったら手加減はできないぞ。そんなことしたらこっちがやられる可能性もある」
悪魔は貴族階級を持っている。当然の様に上の位になるほど強さが跳ね上がる。カリナが昨日、今朝と相手にしたのは伯爵に子爵だった。下位から中位程度の、悪魔にしては雑魚である。それでも普通のプレイヤーにはかなりの強敵ではあるのだが。
「まあ次に出会ったときは何らかの情報を得られる様にするよ。簡単に喋るとは思わないけどな。さて、冷めないうちに私も頂くとしようかな」
出された料理に舌鼓を打つ。VAO時代にはただの体力回復アイテムだった料理だが、味が付いて腹に溜まるとしっかりと空腹が満たされる。
「美味しいだろう? うちの侍女達は多芸だからね」
「そうだな、まさかゲーム内で本当の食事を味わうことになるとはね。しかし、こういう生理現象まであると長時間ダンジョンで狩りなんてできなくなるな。空腹にトイレに、本当の肉体だから必ず疲労感もあるだろうしな」
「まあそうだね。今となってはこの食事が僕にとっては楽しみの一つだしね。本来がゲームのアバターだからか太ったりはしないし。元NPC達は普通に太ったりするみたいだけど」
一通り食事を終えると、今後の予定についての話題になった。誰をどの順番でどこを探すのかということである。
「まずは回復手段は必要だよね。聖女であり僧侶のサティアかな。どこか当てはあるのかい?」
「お前が言い出したことなのに何の手掛かりも掴んでいないのかよ。んー、そうだな。初期五大国の一つ、ここから東にあるルミナス聖光国に行ってみようかと思ってる。あそこは聖職者が多い国だ。サティアがいる可能性も高い」
このVAOの世界には巨大な大陸の中心部に騎士国アレキサンド、東にルミナス聖光国、北に陰陽国ヨルシカ、南にマギナ魔法国、西に武大国アーシェラという初期五大国が存在する。PCは初期チュートリアルで自分のキャラの育成方針にあった初期大国を選ぶ。剣士や騎士ならアレキサンド、魔法使いならマギナというように、そこで自身の成長方針を決めるのである。ちなみにここエデンは中央大陸の騎士国アレキサンドの南に位置している。
「なるほどね、それぞれの特性に合った初期五大国を訪ねて回るってことだね。いいんじゃないかな? 何かしら手掛かりは掴めるかもしれないしね」
「そうだろ? まあ長い旅になりそうだけど」
「ところで冒険者ギルドのカードは持ってるかい?」
「ん? ああ、一応持ってるぞ。ほら」
アイテムボックスからソロ活動時代に使っていたギルドのカードを取り出してカシューに見せる。
「Aランクか……、でもこれはもう使えないよ」
「え? 何でだよ? 苦労してここまで上げたのに」
「100年経ってるんだよ? ギルドの体系も変わってるし、そんな昔の冒険者が今も現役とは思わないでしょ。古いAランクカードを持った少女がギルドに現れたら、何事だと思われるよ。それに他国に任務で入るには最低でもCランクのギルド証が必要になる」
100年の歴史は色々と変化を及ぼしていることを、カリナは改めて思い知った。
「マジか……、いきなり詰んだぞ。最低ランクはFか? チマチマ上げていったら時間がいくらあっても足りないぞ」
「うーん、まあそれはこっちで何とかするから気にしなくていいよ。とりあえず明日は城下のギルドに行ってみるといい。それにこの国の変化もしっかりと歩いて見てほしいからね」
この年月の間、カシューには様々な苦労があったのだろう。そこまで急ぐ旅ではない。ゆっくりと世界の変化を目にしながら旅をするのも悪くないだろうとカリナは思った。
「わかった。ならギルドの件は任せる。城下でお勧めの場所とかあるのか?」
エデン王国は城を中心にして南には居住区、東に商業区、北に工業区、そして西には未来ある冒険者や兵士を育てる学園がある。ギルドは商業区の中にあるとのことである。
カシューからの説明を聞き、明日はゆっくりと散策でもしてみるかと考えるカリナだった。食後のスイーツと紅茶を味わっていると、カシューがテーブルで何か書簡を書き始め、それに国王の印を押してからカリナに手渡した。
「それをギルド職員に渡せば大丈夫だから。じゃあ今日はもう解散にしようかな」
「何だ、まだ昼だろ。話題ならたくさんあるってのに」
そう言うカリナにカシューはデスクに山積みになった書類の束を指差した。
「ああー、国王陛下は大変でございますね……」
「何なら手伝ってくれてもいいんだよ? まあアステリオンが手伝いに来るんだけどね。ってことで今日はもうお開きなんだよね。また何かあったら使いの者を寄こすから、君も部屋でゆっくりするといいよ。ルナフレアとももう少ししたらしばらく会えなくなるからね」
「むぅ、そうか。ならば仕方ないな。手伝うのは御免だし、今日はもう休むよ。お疲れ様、根を詰め過ぎない様にな」
ソファーから立ち上がり、左手をひらひらとさせながらカリナは執務室を後にした。まだ日は高いが、今日は討伐もあったし、疲れてはいないが魔力はそれなりに消費した。ならばゆっくりと休ませてもらうとしよう。
「それに、ルナフレアともこれまで会えなかった分色々と話したいしな」
目立つファンシーな衣装を新たに身に着けたカリナは周囲からの「可愛い」「何だかセクシーな衣装だ」「小さいけど美しい」などというひそひそ話を耳にしながら自室へと戻って行った。
一夜明け、ザラーの街に清々しい朝が訪れた。窓から差し込む陽光に目を細めながら、カリナはベッド脇の例の「メイド隊からの衣装」セットの二つ目を取り出した。「……さて、今日の『着せ替え』はなんだ?」 恐る恐る広げたその衣装を見て、カリナは天を仰いだ。「あいつら……本当に森に行く気があるのか?」 そこに入っていたのは、白を基調とし、鮮やかな黄緑と黄色のリボンやフリルがあしらわれた、体のラインが出るタイトなローブ。しかもフードには、ふっくらとした「猫耳」がついている。インナーは紫に白と黒のデザインが施されたシックなワンピースだが、足元はガーターベルト付きの白いニーハイソックスに、黒地に白いラインが入ったショートブーツという、絶対領域を強調するような組み合わせだ。「防御力と動きやすさは最高級の素材らしいが……この猫耳は必要なのか? 完全にコスプレじゃないか」 ブツブツ文句を言いつつも着替えて鏡の前に立つと、そこにはあざといほどに可愛い「猫耳魔法少女」が完成していた。悔しいが、サイズも完璧だ。「ま、誰も見てない森の中だ。我慢するか」 フードを被って猫耳をピコピコさせながら、身だしなみを整えて隊員と共に階下へ降りる。「おはようございますにゃ、隊長。今日もバッチリ可愛いですにゃ」 「うるさい。行くぞ」 食堂に降りると、女将さんが満面の笑みで駆け寄ってきた。「おはよう、英雄さん! 昨日はあんたのおかげで、夜遅くまで祝杯を挙げる客で大忙しだったよ! 街を救ってくれて本当にありがとうねぇ」「いや、私はただのきっかけだ。皆が頑張ったからだよ」「謙虚だねぇ。さあ、今日はサービスで特盛にしておいたよ! しっかりおあがり!」 出された朝食は、厚切りのベーコンエッグに、山盛りのサラダ、そして焼きたてのパンと具沢山のスープ。カリナと隊員は感謝してそれを平らげ、エネルギーを充填した。 宿を出て、人目が少ない場所でペガサスを召喚する。カリナは猫耳フードを抑えながら天馬に跨り、北西の空へと舞い上がった。 ◆◆◆ ザラーの街を離れ、しばらく飛ぶと、眼下の景色は荒野から深い緑へと変わっていった。 『世界樹の森』。 その名の通り、視界の果てまで続く樹海だ。そしてその遥か彼方には、雲を突き抜けるほど巨大な一本の樹――世界樹が鎮座している。「でかいな……。遠近感がお
「うおおおおおおっ!! 勝ったぞぉぉぉぉ!!」 「我々の勝利だ! アレキサンド万歳! 緑の戦女神、万歳!」 総裁バズズが燃え尽き、残った魔物の群れが霧散したのを見届けた瞬間、砦に詰めていた騎士達や冒険者達から、大地を揺るがすような歓声が爆発した。彼らは武器を放り出し、兜を脱ぎ捨てて、戦場の中心で悪魔の素材を回収していたカリナの元へと駆け寄ってくる。「すげえ……本当に一人で、軍勢ごと悪魔を倒しちまったぞ……!」 「なんて強さだ、それに近くで見ると本当にお人形さんのように可愛らしい……!」 「あの細い腕のどこにあんな力が……。まさに戦場に降り立った女神だ!」 血と土埃にまみれたむさ苦しい男達が、キラキラした尊敬の眼差しでカリナを取り囲み、口々に称賛を浴びせる。その中心で、カリナの肩に乗ったケット・シー隊員は、ふんぞり返るように胸を張り、これ以上ないほどのドヤ顔を晒していた。「ふっふーん! 見たのにゃお前達! これが隊長の実力にゃ! もっと褒めて、もっと崇めるにゃ!」 まるで自分が倒したかのような態度だが、誰もそれを咎めない。むしろ「何だこの猫可愛いな」と頭を撫でられ、満更でもなさそうだ。 一方、当のカリナは居心地が悪そうに頬を掻いた。「いや、戦乙女とか女神とか、そういうのは止めてくれ。私はただの冒険者だよ」「ご謙遜を! 貴女様は今日、間違いなくこのザラーの街を、いや、アレキサンドの危機を救って下さったのです!」 指揮官を務めていたアレキサンドの騎士団長らしき男が、カリナの前に進み出て最敬礼をした。「この武功、必ずや本国のアレキサンド国王陛下にご報告致します。貴女様のような英雄が訪れてくれたとなれば、陛下も大層お喜びになるでしょう。是非いつか、王都へもお越しください。国を挙げて歓迎致します!」「あ、ああ……機会があればな」 熱烈な歓迎ぶりに、カリナはタジタジだ。このままでは胴上げでもされかねない雰囲気を感じ取り、カリナは素早く空を見上げた。「では、私は報告があるから戻る。後は任せるよ」「はっ! この御恩は忘れません! 緑の戦乙女に栄光あれ!」「戦乙女に栄光あれ!!」 数百人の兵士達が一斉に剣を掲げ、勝鬨を上げる。その熱狂的な声を背に受けて、カリナは再びペガサスを召喚し、隊員と共に空へと舞い上がった。 太陽はまだ高く、まぶしい日差しが照り
ヒースの部屋を出てロビーに戻ると、そこは殺気立った空気に包まれていた。 負傷している者、装備を点検して飛び出していく者。怒号と悲鳴が飛び交う中、数人の冒険者が地図を囲んで深刻な顔で話し合っているのが耳に入った。「南西の防衛線が危ない! 急造の砦を築いて凌いでいるが、魔物の数が多すぎる!」 「正規軍の騎士団も限界だ。このままじゃザラーまで雪崩れ込んでくるぞ!」 彼らの会話を聞いたカリナは、迷わず彼らの元へと歩み寄った。「その南西の砦、私が加勢に行こう」 凛とした声に、冒険者達が振り返る。だが、彼らの目に映ったのは、フリルたっぷりの緑のドレスコートを着た、深窓の令嬢のような美少女と、二足歩行の猫だった。「はぁ? なんだお嬢ちゃん、迷子か?」 「悪いが今は遊んでる場合じゃねぇんだ。お人形さんごっこなら他所でやってくれ」 男達は呆れたように手を振って追い払おうとする。無理もない。この血生臭い状況に、カリナの姿はあまりにも不釣り合いだった。「遊びじゃない。私は冒険者だ。その砦に向かうと言っているんだ」 カリナが出口へ向かおうとすると、男達が慌てて立ちはだかった。「おい待て待て! 死にに行く気か!?」 「そこはピクニックに行く場所じゃねぇんだぞ! そんなフリフリの恰好で戦場に行ってみろ、魔物の餌になるだけだ!」 「悪いことは言わねぇ、家に帰ってママのミルクでも飲んでな!」「隊長は凄いのにゃ! お前達こそ控えおろうなのにゃ!」 彼らは本気で心配し、必死に止めようとしている。根は良い奴らなのだろう。だが、今は一刻を争う。カリナは懐からAランクのギルドカードを取り出し、彼らの目の前に提示した。「忠告は感謝する。だが、心配は無用だ。私はAランク冒険者のカリナ。組合長ヒースからも直々に討伐の許可を得ている」 黄金色に輝くカードを見た瞬間、男達の顔色が変わり、ロビー中がどよめいた。「え、Aランク……!? この歳でか!?」 「ま、待てよ、カリナって……あのルミナス聖光国を救ったっていう、エデンの凄腕召喚士か!?」 噂はここまで届いていたらしい。彼らの表情が、驚愕から縋るような希望へと変わる。「あんたがあの英雄なのか……?! 俺達じゃどうにもなんねぇ数なんだ! 頼む、仲間達を助けてやってくれ!」「ああ、任された。吉報を待っていてくれ」「任せておくにゃ」
エデンを飛び立ち、ペガサスに乗って北西へ。眼下には雄大な景色が広がる。高度が上がるにつれ風は冷たくなり始めていたが、ペガサスの発する魔力の加護と、ルナフレアから渡された厚手のコートのおかげで、空の旅は快適そのものだった。 やがて右手遠くに、堅牢な城壁に囲まれた巨大な都市が見えてきた。無数の塔と城壁が幾重にも連なる、武骨ながらも美しい石造りの国。「あれが初期五大国の一つ、今の騎士国アレキサンドか……」 かつてゲーム時代、メインキャラであるカーズも、そしてこのサブキャラであるカリナも、冒険のスタート地点として選んだのがこの国だった。騎士や剣士など、物理防御と攻撃に特化した兵科を多く輩出する国。兄設定であるカーズがカシュー達とエデンを建国するずっと前、初心者時代に剣の腕を磨いた場所でもある。懐かしい景色に目を細めつつ、カリナはそこを通過し、さらに西へと進路を取った。 何度か地上に降りてペガサスを休ませ、隊員と軽食をとりながら進むうちに、太陽は西の地平線へと沈みかけ、空が紫と茜色のグラデーションに染まり始めた。「隊長、そろそろ日が暮れますにゃ。お腹も空いたにゃ」「そうだな。夜間の飛行は視界も悪いし、今日はこの辺りで宿をとろう」 カリナは眼下に見えてきた街の近くにペガサスを降ろした。労いの言葉と共に送還し、隊員を連れて徒歩で街の南門へと向かう。 見えてきたのは、高い石壁に囲まれた街。近づくにつれ、カリナは違和感を覚えた。記憶にあるここ「ザラーの街」は、ゲーム開始直後のプレイヤーが集まる、のどかで開放的な初心者用の街だったはずだ。 だが、目の前にあるのは、無数の傷跡が刻まれた分厚い城壁と、物々しいバリケード。100年という時は、平和だった始まりの街を、魔物の脅威に晒される最前線の拠点へと変貌させていたのだ。 石造りの門の前には、二人の兵士が立っていた。槍を持ち、アレキサンドの紋章が入った鎧を着ているが、その眼差しは鋭く、妙に殺気立っている。「止まれ。これより先はアレキサンド領ザラーの街だ。身分証の提示を」「ああ、冒険者だ」 カリナは首に掛けていたギルドカードを外し、兵士に手渡した。兵士は事務的な手つきでカードを受け取り、そこに刻まれたランクと名前を確認する。そして次の瞬間、その目が驚愕に見開かれた。「えっ……Aランク!? それに、名前はカリナ……
演習場での模擬戦は、カリナの圧倒的な勝利に終わった。リーサは完膚なきまでに叩きのめされたが、その表情は晴れやかだった。目の当たりにした召喚術の神髄に、彼女は心の底から感動していたのだ。 その後、一行は玉座の間へと移動した。カシュー王が玉座に腰を下ろし、エクリア、アステリオン、レミリア、そしてカリナとリーサがその前に並ぶ。騎士団の面々やルナフレアは、少し離れた場所で見守っていた。 カシュー王が威厳のある声で告げる。「これより、エルフの召喚士リーサを、エデン王国筆頭召喚術士カリナの代行として任命する」リーサは緊張した面持ちで、カシュー王の言葉に耳を傾ける。「リーサよ、カリナはエデンの特記戦力であり、その力は我が国の要である。しかし、彼女は多忙な身であり、常にこの地に留まることはできない。其方には、彼女の不在時にその力を代行し、エデンを守る重要な役割を担ってもらいたい」「ははっ、身に余る光栄にございます」 リーサは深く頭を下げ、カシュー王の言葉を承諾した。「カリナ、其方からも言葉をかけてやってくれ」 カシュー王に促され、カリナが前に出る。彼女はリーサを見つめ、静かに語りかけた。「リーサ、お前の実力は認める。だが、召喚術の道は険しい。決して慢心せず、精進を怠るなよ」「はい! 肝に銘じます、師匠!」「だから師匠はやめろと言っただろう」 カリナは苦笑しながらも、リーサの熱意を嬉しく思っていた。「リーサ、お前には期待している。エデンを、そして民を守るために、力を貸してくれ」「はい! この命に代えても、エデンをお守りします!」 リーサは力強く宣言し、カリナに忠誠を誓った。その瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。 カシュー王は満足げに頷き、玉座から立ち上がった。「うむ。これにて任命式を終了する。皆の者、これからもエデンのために力を尽くしてくれ!」「はっ!」 玉座の間に、騎士達の力強い声が響き渡る。 こうして、エデンに新たな優秀な召喚士が加わった。リーサはカリナの代行として、そして一番弟子として、召喚術の道を歩み始めることとなる。 その後、カシュー王は皆を労い、祝宴が開かれることとなった。宴の席では、騎士達がカリナの武勇伝を語り合い、リーサも熱心に耳を傾けていた。 カリナはルナフレアにジュースのグラスを傾けながら、静かに呟いた。「これ
翌日の正午過ぎ。太陽が真上に昇り、演習場の砂埃を照らす頃、カリナはルナフレアを伴って騎士団演習場の門をくぐった。 門番の兵士達は、昨日カリナが見せた伝説級の精霊との戦いを目の当たりにしているため、最敬礼でカリナを出迎える。その瞳には畏敬の念が宿っていた。 演習場に入ると、円形の闘技場を見下ろす観覧席には、昨日の今日だというのに、またしても主要なメンバーが勢揃いしていた。 中央の貴賓席には、面白そうに身を乗り出すカシューと、その隣で扇子を片手に優雅に微笑む、完璧な美女の振りをしたエクリア。その後ろには、胃薬でも欲しそうな顔をしたアステリオンと、エクリアの代行であるレミリアが控えている。 騎士団席には、近衛騎士団長のクラウス、王国騎士団副団長のライアンをはじめとする騎士達。そして、戦車隊隊長のガレウスまでもが、「また凄いもんが見れるかもしれん」と最前列に陣取っていた。「やれやれ、暇人が多いなあ」 カリナが苦笑すると、隣を歩くルナフレアがくすりと笑った。「それだけカリナ様の力が注目されているということですよ。……では、私はあちらへ」 ルナフレアは演習場の端、関係者用の席へ向かう前に足を止め、カリナに向かって深々と頭を下げた。「カリナ様、あの世間知らずのエルフに、本物の召喚術というものをご教示なさって下さい。御武運を」「ああ、任せておけ。見ていてくれ」 ルナフレアの言葉に軽く手を振って応え、カリナは演習場の中央へと歩みを進める。そこには既に、対戦相手であるエルフの召喚士、リーサが待ち構えていた。 召喚士特有のローブを風になびかせ、手には身の丈ほどの樫の木の杖を握りしめている。その表情は硬いが、瞳には決して折れない強い意志と、カリナに対する侮りにも似た対抗心が燃えていた。「お待ちしておりました。逃げずに来たことだけは褒めて差し上げます」 リーサは杖の先をカリナに向け、挑発的な視線を送る。「陛下やアステリオン様が何を考えているのかは分かりませんが、召喚術とは長い修練と精霊との対話によってのみ成される神聖な儀式。あなたのような子供に務まるような軽いものではありません」 彼女の言葉に、観客席の騎士達がざわつく。「おいおい、死んだわあいつ……」「昨日のあれを見てないからって……」といった同情の声が漏れ聞こえてくるが、リーサの耳には届いて







