Mag-log in悪魔の討伐が完了し、ガレウスの荒い運転で再びエデンに帰還した。カリナの力を認めたクラウスとは終始和やかな雰囲気で会話が弾んだのだった。
そして今は謁見の間。カシューがクラウスに話しかけている。
「カリナの実力はどうだった? クラウスよ」「はっ、見事な召喚術に魔法剣士としての腕前でした。私の考えが至りませんでした」
カシューはくすりと笑い、カリナの方を見た。
「わかればよい。私の目が節穴ではないということがわかっただろう?」
「そ、それは勿論でございます。陛下の決断に素直に従わなかった私の責任でございます」
跪いて深々と頭を下げるクラウス。何はともあれ、これでカリナに無駄に反発する者はいなくなったのである。
「ふむ、まあお前も近衛騎士として見ず知らずの者を私に近づけるのを危惧していたのであろう。だが、もう心配は無用だ。私はこの後カリナと執務室で今後のことについて話がある。カリナよ良いな? それとレミリアとガレウスもご苦労だった。下がっても良いぞ」
「承知した、カシュー王よ」
「「はっ、ありがとうございます!」」
いつもの王と配下のロールプレイを済ませ、レミリア達は頭を下げた。そのままカシューに連れられて執務室に移動する。
◆◆◆ ソファーに二人で向かい合って腰掛けると、カシューが口を開いた。「そろそろお昼だね。何か持って来させよう。それと……」
手元にあったベルを鳴らすと、王直属のメイド隊が扉を開けて「失礼します」と入室して来た。カシューは昼食の準備と何やら隊長のリアに耳打ちした。
「畏まりました。ではカリナ様はお連れ致しますね」
「お、おい、何を言った?」
カリナが青ざめた顔をすると、カシューはにこやかに笑い、「いってらっしゃい」と手を振った。そのままカリナはメイド隊達に引きずられて、侍女達の部屋に連れていかれた。
「何だなんだ?」
そこでリアが取り出して来たのは新作の衣装だった。昨日の今日で余りにも早い仕事である。そのまま拒否権はないと自覚したカリナは着せ替え人形と化すのであった。
「これは……、また派手な衣装だな……」
頭にはメイドの被るようなヒラヒラのヘッドドレス、身体の前方が大きく空いた、袖にリボンがたくさんついたピンクのコートに、インナーはバストの上から膝上までの長さの黒と赤のボディコンの様なワンピース。下はガーターベルトに黒い膝上までの同色のストッキング。またしても侍女たちの趣味丸出しの衣装を着せられてしまった。
「うんうん、今回のも力作ですよ。やはり元が良いと何でも似合いますね。はぁー、満足です」
侍女達数人がかりで着せ替えられたので、カリナはぐったりした。反対にメイド隊は大満足でほくほくしている。
着替えが終わるとカシューの待つ執務室へと再び案内された。そこにはすでに用意された豪華なランチが並んでいた。
「やあ、お帰り。先に頂いてるよ。いやー、しかし今回も派手でファンシーな衣装だね。リア達張り切ってたから」
はぁ、と溜め息を吐いて。ソファーに腰掛けるカリナ。目の前には美味しそうな料理が並んでいる。
「これがここに戻る度に毎回続くのか? 私にこういう趣味はないんだぞ」
「おや、もう「俺」とは言わないんだね。でもその方が女の子らしくていいんじゃないかな? さすがに俺っ娘は癖が強過ぎるもんね」
「いや、ルナフレアとの約束でな。女言葉は使わなくてもいいから、一人称だけは「私」にしなさいってさ」
ニヤニヤと笑いながら、カシューは「私」と言うカリナを見た。
「君でも側仕えには甘いんだね。まあもうNPCじゃないから普通に可愛らしい女の子だもんね」
「別にそういうのじゃないんだけどさ、長いこと一人にさせてしまった罪悪感もあったから、それくらいは聞いてやりたいと思ったんだよ。あ、そうそう、妖精の加護の更新がカーズじゃなくてもできたんだよ。同じアカウントだからなのか、中身が同一人物だからなのかは謎なんだけどな」
「へー、それは興味深いね。VAOが現実になって色々なものが変化したのかもしれないなあ。まあもうカーズには戻れないんだし、良かったんじゃない? その加護は状態異常完全無効でしょ? 僕も冒険するときは欲しいなあ」
そう言って二人はカリナの右手の甲に刻まれている妖精の加護の紋章を見た。普通のプレイをしていても滅多にお目に掛かれない妖精族の、生涯ただ一人にしか与えられない加護である。どんなレアアイテムよりも貴重で価値がある。定期的に更新しなければ、効力が弱まるのが難点ではあるが。
「で、話は変わるけど、悪魔から何か情報を得られたかい?」
うっ、とカリナは言葉に詰まった。力を示すのに意識が行き過ぎていて、
「あ、いや、それはだな……」
「ほう、その反応は何かを誤魔化しているときだね。どんだけ付き合い長いと思ってるのさ? どうせテンション上がって一撃でぶっ飛ばしたんでしょ?」
カシューにあっさりと見抜かれ、肩を落とすカリナ。
「面目ない。まさか一撃で終わるとは思わなくてさ。瀕死状態にしたら色々聞き出そうかと思ったんだけど……」
「はい、嘘ー! ユニコーンの
「そこまで知っているとは、報告が早過ぎないか?」
「ガレウスから車の通信でさわりは聞いてたし、その後は君がお着替え中にクラウスとレミリアからの報告でね」
「ああー、我ながら力加減を間違えた。だが仕方ない。また悪魔はどこかしらに現れるだろ? この二日でもう二体と遭遇したんだ。確かに何かしらの異常が発生しているのは間違いないだろうからな。私も次は気を付けよう。でも階級が公爵とかになったら手加減はできないぞ。そんなことしたらこっちがやられる可能性もある」
悪魔は貴族階級を持っている。当然の様に上の位になるほど強さが跳ね上がる。カリナが昨日、今朝と相手にしたのは伯爵に子爵だった。下位から中位程度の、悪魔にしては雑魚である。それでも普通のプレイヤーにはかなりの強敵ではあるのだが。
「まあ次に出会ったときは何らかの情報を得られる様にするよ。簡単に喋るとは思わないけどな。さて、冷めないうちに私も頂くとしようかな」
出された料理に舌鼓を打つ。VAO時代にはただの体力回復アイテムだった料理だが、味が付いて腹に溜まるとしっかりと空腹が満たされる。
「美味しいだろう? うちの侍女達は多芸だからね」
「そうだな、まさかゲーム内で本当の食事を味わうことになるとはね。しかし、こういう生理現象まであると長時間ダンジョンで狩りなんてできなくなるな。空腹にトイレに、本当の肉体だから必ず疲労感もあるだろうしな」
「まあそうだね。今となってはこの食事が僕にとっては楽しみの一つだしね。本来がゲームのアバターだからか太ったりはしないし。元NPC達は普通に太ったりするみたいだけど」
一通り食事を終えると、今後の予定についての話題になった。誰をどの順番でどこを探すのかということである。
「まずは回復手段は必要だよね。聖女であり僧侶のサティアかな。どこか当てはあるのかい?」
「お前が言い出したことなのに何の手掛かりも掴んでいないのかよ。んー、そうだな。初期五大国の一つ、ここから東にあるルミナス聖光国に行ってみようかと思ってる。あそこは聖職者が多い国だ。サティアがいる可能性も高い」
このVAOの世界には巨大な大陸の中心部に騎士国アレキサンド、東にルミナス聖光国、北に陰陽国ヨルシカ、南にマギナ魔法国、西に武大国アーシェラという初期五大国が存在する。PCは初期チュートリアルで自分のキャラの育成方針にあった初期大国を選ぶ。剣士や騎士ならアレキサンド、魔法使いならマギナというように、そこで自身の成長方針を決めるのである。ちなみにここエデンは中央大陸の騎士国アレキサンドの南に位置している。
「なるほどね、それぞれの特性に合った初期五大国を訪ねて回るってことだね。いいんじゃないかな? 何かしら手掛かりは掴めるかもしれないしね」
「そうだろ? まあ長い旅になりそうだけど」
「ところで冒険者ギルドのカードは持ってるかい?」
「ん? ああ、一応持ってるぞ。ほら」
アイテムボックスからソロ活動時代に使っていたギルドのカードを取り出してカシューに見せる。
「Aランクか……、でもこれはもう使えないよ」
「え? 何でだよ? 苦労してここまで上げたのに」
「100年経ってるんだよ? ギルドの体系も変わってるし、そんな昔の冒険者が今も現役とは思わないでしょ。古いAランクカードを持った少女がギルドに現れたら、何事だと思われるよ。それに他国に任務で入るには最低でもCランクのギルド証が必要になる」
100年の歴史は色々と変化を及ぼしていることを、カリナは改めて思い知った。
「マジか……、いきなり詰んだぞ。最低ランクはFか? チマチマ上げていったら時間がいくらあっても足りないぞ」
「うーん、まあそれはこっちで何とかするから気にしなくていいよ。とりあえず明日は城下のギルドに行ってみるといい。それにこの国の変化もしっかりと歩いて見てほしいからね」
この年月の間、カシューには様々な苦労があったのだろう。そこまで急ぐ旅ではない。ゆっくりと世界の変化を目にしながら旅をするのも悪くないだろうとカリナは思った。
「わかった。ならギルドの件は任せる。城下でお勧めの場所とかあるのか?」
エデン王国は城を中心にして南には居住区、東に商業区、北に工業区、そして西には未来ある冒険者や兵士を育てる学園がある。ギルドは商業区の中にあるとのことである。
カシューからの説明を聞き、明日はゆっくりと散策でもしてみるかと考えるカリナだった。食後のスイーツと紅茶を味わっていると、カシューがテーブルで何か書簡を書き始め、それに国王の印を押してからカリナに手渡した。
「それをギルド職員に渡せば大丈夫だから。じゃあ今日はもう解散にしようかな」
「何だ、まだ昼だろ。話題ならたくさんあるってのに」
そう言うカリナにカシューはデスクに山積みになった書類の束を指差した。
「ああー、国王陛下は大変でございますね……」
「何なら手伝ってくれてもいいんだよ? まあアステリオンが手伝いに来るんだけどね。ってことで今日はもうお開きなんだよね。また何かあったら使いの者を寄こすから、君も部屋でゆっくりするといいよ。ルナフレアとももう少ししたらしばらく会えなくなるからね」
「むぅ、そうか。ならば仕方ないな。手伝うのは御免だし、今日はもう休むよ。お疲れ様、根を詰め過ぎない様にな」
ソファーから立ち上がり、左手をひらひらとさせながらカリナは執務室を後にした。まだ日は高いが、今日は討伐もあったし、疲れてはいないが魔力はそれなりに消費した。ならばゆっくりと休ませてもらうとしよう。
「それに、ルナフレアともこれまで会えなかった分色々と話したいしな」
目立つファンシーな衣装を新たに身に着けたカリナは周囲からの「可愛い」「何だかセクシーな衣装だ」「小さいけど美しい」などというひそひそ話を耳にしながら自室へと戻って行った。
アリアの部屋を辞したカリナは、重い足取りでカグラと隊員が待つ貴賓室へと戻ってきた。 扉を開けると、そこには既に豪勢な昼食がテーブルいっぱいに並べられていた。アレキサンド名物の肉料理や、彩り豊かな野菜のテリーヌ、そして数種類の果物。カグラは優雅にフォークを動かし、隊員は口の周りをソースで汚しながら夢中で肉にかぶりついている。「おかえりなさい、カリナちゃん。どうだった?」 カグラがグラスを置き、振り返る。その茶色のミディアムヘアがふわりと揺れ、穏やかな表情の中に鋭い知性が光っていた。「こちらは一応、資料から禁忌の術などの解析が終わったわ。恐ろしい術式ばかりだったけれど……今後はこれが悪用されないように、対策を練らないとね」「ああ、お疲れ様。……悪い、私も少し食べるよ」 カリナは空いている席に座り、まだ温かいローストビーフを皿に取り分けた。一口食べ、その旨味に少しだけ心が安らぐのを感じながら、カリナは静かに口を開いた。「彼女は……間違いなく『女神』だ。この世の理の常識を遥かに超える存在だ」 その言葉に、カグラの手が止まる。「何か分かったの?」「ああ。彼女が探している人物は、私である可能性が高い。だが、この世界ではアバターという仮初めの姿が邪魔をして、魂にある目印がはっきり見えなくて、そこまで確証が持てないらしい」 カリナはナイフを握る手に力を込める。「それに……この世界から次元を斬り裂いて脱出することなど簡単だ、とも言っていた。私達が必死に生きているこの世界の理屈など、彼女にとっては取るに足らないことなんだろうな」「次元を斬り裂く……? まるでSF映画ね」「笑えない話だがな。……それと、彼女はその人探しの合間の暇潰しに、このVAOをプレイしていたPCの一人でもあるそうだ」 カリナが告げると、カグラは目を丸くし、やがてクスクスと笑い出した。「ふふっ、あはは! 神様がネトゲをするなんて、ずいぶんと俗っぽいのね。親近感が湧くような、畏れ多いような……」「全くだな。だが、その力は本物だった」 カリナは表情を引き締める。ここからが、アリアから聞いた最も重要な情報だ。この世界が虚構であり、悪魔以上のとんでもない存在が創った実験場であること。それをカグラに伝えようと、口を開きかけた瞬間――。「――っ……ぐぅっ……!」 ドクン
「いらっしゃい、カリナさん。まあ、立ったままではなんですし、掛けたらどうですか?」 アリアは優雅な仕草で、向かいの席を手で示した。テーブルの上には、既に湯気を立てる二つのティーカップ。最高級の茶葉の香りが、部屋の中に満ちている。まるで、カリナがこのタイミングで訪ねてくることを、最初から知っていたかのような準備の良さだった。 カリナは一瞬躊躇したが、意を決して椅子を引き、アリアと対面する形で腰を下ろした。「いただきます」 勧められるままに紅茶を一口含む。渋みがなく、花のような芳醇な香りが鼻腔を抜ける。それは、毒など入っていない、純粋なもてなしの一杯だった。カップをソーサーに戻し、カリナはその碧眼を細めて、目の前の美女――自分と瓜二つの髪色を持つ、違いはカリナの毛先が金髪くらいの、謎の存在を見据えた。「……単刀直入に聞く。あなたは一体、何者なんだ? なぜ私のことを知っている? そして……先ほど言っていた『女神』というのは、本当なのか?」 矢継ぎ早に繰り出された質問に、アリアはカップを口元で傾け、ふふっと楽しげに笑った。「せっかちですねぇ。でも、答えは先ほど言った通りですよ。――女神です」 またしても、はぐらかすような返答。だが、その言葉には嘘の匂いがしない。それどころか、彼女が纏う空気そのものが、人知を超えた何かであることを雄弁に物語っていた。 カリナは深呼吸をし、ずっと胸の内に秘めていた「確信」をぶつけることにした。「……私は以前、ある場所で『真実』の一端に触れた」「ほう?」「『死者の迷宮』の最深部……そこにあった祭壇の鏡だ。私はそこで、現実世界で死に別れたはずの幼馴染――『彩』と再会した」 カリナの脳裏に、あの時の情景が蘇る。鏡の向こうで微笑んでいた、懐かしくも切ない少女の姿。「彼女の髪は、生前のような赤茶色ではなく、透き通るような銀髪に変わっていた。そして彼女は言ったんだ。『女神様に、別の世界に転生させてもらった』と」 アリアの手が、わずかに止まる。「さらに彼女はこうも言っていた。『その女神様が、今、あなたのことを探している』と。……今の私がいるこの世界では因果が正しく回っていないため、私がトラブルに巻き込まれやすくなっているとも教えてくれた」 カリナは畳み掛けるように言葉を続ける。「それだけじゃない。先日、私の
謁見の間には、レオン王の宣言が重々しく響き渡っていた。 一週間後に開催される剣術大会。それは、人類の脅威に対抗するための精鋭を選抜する重要な儀式でもある。しかし、カリナには一つ、どうしても確認しておかなければならない懸念があった。「陛下。剣術大会ということは……まさかとは思いますが、真剣を使う訳ではないのですよね?」 冒険者ギルドの訓練や一般的な模擬戦では、刃引きをした剣や木剣を使うのが通例だ。Aランクの実力者同士が真剣でぶつかり合えば、手加減をしたとしても事故は避けられない。だが、レオン王は鷲のような鋭い瞳でカリナを見据え、短く答えた。「いや、真剣での立ち合いになる」「なっ……真剣、ですか?」 カリナが眉をひそめると、隣に控えていたカグラも扇子で口元を覆い、懸念を示した。「陛下。いくら腕に覚えのある者同士とはいえ、真剣勝負となれば、下手をしたら死傷者が出る恐れがございますわ。未来の戦力を選抜する場で、有望な若者が命を落としては本末転倒では?」「うむ、そなたらの言い分はもっともだ。だが、案ずることはない。それについては、ここにいるアリア殿が、特別な『魔道具』を準備してくれているのだよ」 王の言葉を受け、アリアが一歩前に進み出た。彼女が何もない空中に手をかざすと、誰も見たことがない未知の魔法陣が展開され、そこに闘技場の様子を模した鮮明な立体映像が投影された。「ご心配には及びませんよ。私が開発した、この『身代わりの水晶』があれば、誰も死ぬことはありません」「身代わりの水晶……? ずいぶんと大きいな」 カリナが驚くのも無理はない。投影された映像では、闘技場の舞台の両端に、優に人ひとり分の大きさがある巨大な水晶が設置されていたからだ。「はい。大会には大観衆が押し寄せますから、遠くの客席からでも状態が視認できるよう、このサイズに設計しました」 アリアはカリナ達に向き直り、落ち着いた丁寧な口調で説明を始めた。「これは対象の魔力と生命力をリンクさせる特殊な魔道具なんです。勝負の前に、この水晶に自分の魔力を流して記憶させておけば、戦闘で受けたダメージは全てこの水晶が肩代わりしてくれますよ」 アリアはニッコリと微笑み、続ける。「例えば、腕を斬られたとしましょう。その瞬間、痛みと衝撃は走りますが、肉体には傷一つつきません。代わりに、舞台の端に設
アレキサンドの朝は、澄み切った青空と共に始まった。 石畳を踏みしめる音を響かせながら、カリナ達一行は街の北端に位置する小高い丘を目指す。そこに鎮座するのは、この国の象徴である巨大な王城だ。 近づくにつれ、その威容が露わになる。 エデンの城が近代的な白亜の優美さを誇るなら、この城はまさに「鉄壁」。切り出された巨大な灰色の岩石を積み上げて作られた城壁は、無骨ながらも圧倒的な重厚感を放っている。 城壁には、エデンの「黄金の獅子」とは異なる、この国の国章――『交差する二振りの剣と鉄壁の盾』を描いた旗が翻っている。装飾は最小限に抑えられ、実用性を重視した矢狭間が並ぶ様は、ここが武を尊ぶ騎士の国であることを無言のうちに物語っていた。「へぇ、近くで見ると迫力が違うわね。飾り気はないけれど、そこがいいわ」 カグラが城壁を見上げ、感心したように扇子を揺らす。やがて、巨大な鉄格子の城門の前に到着した。「止まれ! 何用か!」 屈強な鎧に身を包んだ門番達が、鋭い眼光と共に槍を交差させる。カリナは一歩前に出ると、懐から先日カシューに託された招待状と、自身のAランク冒険者カードを取り出した。「エデン国王カシュー陛下の使いで参りました、冒険者のカリナです。レオン・アレキサンド国王陛下より、招きを受けております」 続いてカグラも、流れるような所作で自身のカードを提示する。「同じく、エデン筆頭相克術士のカグラよ。同行者として許可を頂いているわ」 門番は招待状の封蝋にある王家の紋章と、二人のカードを確認すると、即座に姿勢を正した。槍を引き、ガシャンと音を立てて踵を揃える。「はっ! 失礼致しました! カリナ様、カグラ様ですね。陛下よりお話は伺っております。どうぞ、中へ!」 重々しい音と共に城門が開かれる。 一歩足を踏み入れると、そこは静謐な空気に包まれていた。城内もまた、質実剛健な造りだった。磨き上げられた石の床、壁には歴代の戦いを描いたタペストリーや、交差した剣と盾の紋章が飾られている。 煌びやかなシャンデリアの代わりに、魔法石を埋め込んだ鉄製の燭台が通路を照らし、すれ違う騎士達は皆、規律正しく黙礼して通り過ぎていく。「エデンとはまた違った緊張感があるにゃ……。おいら、背筋が伸びるにゃ」 ケット・シー隊員が、シルクハットの位置を直
エデンを出発してから数時間。 ガルーダの背に揺られ、適度な休憩を挟みながら空の旅を続けていた一行の視界に、夕闇に染まり始めた壮大な石造りの街並みが見えてきた。「見えてきたぞ。あれが騎士国アレキサンドだ」 カリナが指差す先には、湖畔に広がる堅牢な城塞都市があった。エデンのような近代的な魔導都市とは趣が異なり、質実剛健な石造りの建物が整然と並ぶ、まさに「騎士の国」と呼ぶに相応しい景観だ。 そして街の北側、少し小高い丘の上には、街を見下ろすように巨大な王城が鎮座している。夕日を反射して輝くその威容は、大陸の中心国家としての威厳を放っていた。「へぇ、立派なものね。質実剛健、武骨だけど美しいわ」 カグラが扇子で口元を隠しながら感心する。「到着にゃ! お腹空いたにゃー!」 ケット・シー隊員が身を乗り出す中、カリナはガルーダに指示を出し、城下の南門前にある広場へと降下を開始した。 ズズーンッ……! 巨大な黄金の鳥が舞い降り、風圧と共に着地すると、南門を守っていた衛兵達が槍を構えて大騒ぎになった。「な、なんだあの怪鳥は!? 敵襲か!?」「ま、待て! 背中に人が乗っているぞ!」 騒然とする衛兵達の前に、ガルーダが翼を収め、カリナ達が降り立つ。カリナはガルーダを送還すると、警戒する衛兵達の前へと歩み出た。「怪しいものじゃない。私は冒険者のカリナ。エデンのカシュー国王の使いで、レオン・アレキサンド国王陛下に招かれて来たんだ」「ぼ、冒険者だと……? だが、今の巨大な鳥は……」 衛兵隊長らしき男が困惑していると、カグラが優雅に歩み寄り、艶やかな笑みを浮かべた。「あらあら、驚かせてごめんなさいね。この子は私の妹分で、凄腕の召喚術士なのよ。ほら、これが身分証よ」 カグラに促され、カリナは懐から冒険者の組合カードを提示した。そしてカグラもまた、自身のカードを取り出して提示する。カリナのカードには、燦然と輝く『Aランク』の刻印と、『カリナ』の名が刻まれている。 隊長がカードを受け取り、その名前を確認した瞬間、彼の目が驚愕に見開かれた。「カ、カリナ……? まさか、あの『ザラーの街』を襲った悪魔と魔物の大軍を、たった一人で殲滅したという……あの英雄か!?」 その言葉に、周囲の衛兵達もざわめき立つ。ザラーの街の防衛戦は、アレキサンド国内でも今伝説として語
カシュー達との会談を終え、出発は明日ということが決まった。その場は解散となり、カリナはエデン王城の居住区にある自室へと戻ってきた。 近代的なセキュリティシステムが導入されているエデン王城。カリナは懐からカードキーを取り出し、リーダーにかざす。ピッ、という電子音と共にロックが解除され、重厚な扉が静かにスライドした。「おかえりなさいませ、カリナ様」 部屋に入ると、すぐに柔らかい声が出迎えてくれた。妖精族の側付、ルナフレアだ。彼女はいつものように慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、カリナの上着を受け取るために歩み寄ってくる。「ただいま、ルナフレア。すまないが、また少し忙しくなりそうだ」 カリナが申し訳なさそうに告げると、ルナフレアは小首を傾げた。「何かございましたか?」「ああ。明日からまた、旅に出ることになった。行き先は北の隣国、騎士国アレキサンドだ」 その言葉を聞いた瞬間、ルナフレアの表情が曇る。美しい翠眼に、心配の色が滲んだ。「明日、ですか……? カリナ様、つい昨日まであんなにお苦しみだったのですよ? 初潮が明けたばかりのお体で、またすぐに旅だなんて……」 彼女はカリナの手をそっと包み込む。その手は温かく、カリナの体調を何よりも案じていることが伝わってきた。この一週間、つきっきりで看病してくれた彼女だからこそ、その心配は深い。カリナは安心させるように、握られた手に自分のもう片方の手を重ねた。「心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫だ。お前の献身的な看病のおかげで、体調は万全だよ。痛みも嘘みたいに引いたしな」 カリナは努めて明るく振る舞い、笑顔を見せる。「それに、今回は戦いがメインじゃない。騎士国アレキサンドの国王に会って、友好を深めるのが主な目的だ。あとは……まあ、ちょっとした剣術大会に参加するくらいだ。危険な任務じゃないし、用が済めばすぐに戻るよ。……それに、今回はカグラも一緒だ」「カグラ様も、ご一緒なのですか?」「ああ。彼女がついてきてくれる。だから何かあっても大丈夫だ」 カグラの名前が出た途端、ルナフレアの表情がふっと緩んだ。「そうですか……。カグラ様がご一緒なら、安心ですね。あの方の実力は私もよく存じておりますし、何よりカリナ様をとても大切に思っていらっしゃいますから」 ルナフレアは安堵の息を漏らし、改めてカリナを見つめた。







